Ⅱ.洞窟にて

2/6
1390人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
   全身に鈍い痛みを感じて、シーナは小さなうめき声をたてた。  暗がりの中で一番に目に入ったのは、人間の男の横顔だった。そのあまりの近さに、彼女は全身を硬直させる。  自分が見知らぬ男の両腕に抱き抱えられているのだと理解するのに、たいした時間はかからなかった。  男の服に縫い付けられた腕章に目が留まる。男は見間違えようのない、敵国の国旗が付いた軍服を着ていた。  この男、ソランド帝国の兵士だ。  反射的にその腕から逃れようとして、彼女は身体をよじった。だがその動きは逆に男の注意をひいたらしく、彼女を抱える腕に力が入る。 「……放せ、無礼者っ」   「耳元でわめくな」  険悪な声と共に、顎を無造作につかまれる。  今まで一度だってこのように乱暴に触れられたことはない。そのおぞましさに、シーナは身のすくむような恐怖を覚えた。 「誰か……!!」  顔を背け、何とかして男から逃れようと手足をばたつかせる。振り回した手が、男の肩や顔を打つのが分かった。  だが、それもすぐに男の大きな手によって封じられてしまう。 「あんたの護衛は全員死んだ」  シーナは一瞬動きを止め、間近にある男の黒い双眸を凝視した。男が何のことを言っているのか、すぐに分かった。  素性を知られている。  殺される、とそう思った。 「残ったのはあんた独りだ」  男の静かな言葉は、シーナの心を正確にえぐった。    もう誰もいない。自分を守ってくれる者など。  真っ白な雪の中に倒れた、若い騎士の死に顔が脳裏に蘇る。  嘘だ。彼が死に、己だけがまだ生きているなんて。 「黙れっ――!!」  キン、と耳鳴りがした。  体内の熱がぐっと額に集まり、ある一点を目掛けて爆発的に放出される。それは、ほんの一瞬の感覚だった。    男が受けた打撃の威力を、シーナもつかまれた手首越しに知ることができた。  男の表情が苦しげに歪み、彼女を拘束していた力が少しだけ緩む。すかさず男を突き飛ばし、その場から這うようにして距離を取ろうとした。  しかしすぐに壁に突き当たってしまう。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!