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そこは、動物の穴倉のような薄暗くて狭苦しい空間だった。
鼠でも出てきそうな洞穴の中を、たったひとつのランプがぼんやりと照らしている。じめじめとした黒土の天井は立ち上がれば頭がつかえそうな程に低い。
出口は男が座っている方にあるだけだ。逃げ道は全くない。
さらに、狭い出口をふさぐようにして大きなカリブーが一頭つながれている。その家畜は人間たちの騒ぎに不安を感じたのか、しきりに鼻を鳴らしていた。
心臓が狂ったように早鐘を打っている。油断なく男を睨み据えながら、シーナは息苦しさにあえいだ。
“力”を暴走させてしまった。全身にかかる負荷に耐えながら、彼女は懸命に思考を巡らせる。
身を守るには、この“力”を使うしかない。自分を守ってくれるのは、もう自分自身しかいないのだから。
「この程度か」
男は低く言い、薄い唇に不穏な笑みを浮かべた。
「ベルグリッドの血も衰えたものだな」
聖人ベルグリッドは、天から“力”を授かっていた。その“力”によって不治の病を癒し、人の心を読み、果ては天候まで操ったという。
それは遠く現在まで受け継がれ、ベルグリッドの血を引く者たちは程度の差こそあれ、何かしらの特殊な能力を身につけている。
直系の子孫である王家の第一王女シーナ・モルテ・フェルロンは、最も濃く聖人の血を受け継いでおり、したがってその能力も顕著に現れている筈だった。
それを、この兵士は笑った。この程度か、と。
「……貴様、王家を愚弄する気か」
シーナは怒りで声が震えるのを抑えることが出来なかった。
ゆっくりと、男が立ち上がる。
「ならば俺を殺してみろ。こんな打撃じゃ、人は死なない」
「それ以上近付くな!」
一歩踏み出した男の足元の土が飛び散った。そこには、一瞬にして大人の握りこぶしほどの大きさの穴が出来ている。
しかし男はそれには目もくれず、シーナの前にしゃがみ込んだ。
目の前にある男の顔は思いの外若く人形のように整っていて、しかしどこかすさんだ印象を彼女に与えた。
「あんた、人に向けてその力を使ったことなんかないだろう。温室育ちのお姫様だもんな。……狙いがぶれてるぜ?」
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