Ⅱ.洞窟にて

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 ひどい目眩がした。同時に大粒の涙が両目からこぼれ落ちるのを止めることが出来ない。  全て見透かされている。シーナは涙を拭うこともせず、そのまま男を真っ直ぐに睨み返した。  この上、敵国の兵士の前で俯くことだけはしたくない。鳴咽を堪えて食いしばった歯の間から、彼女はうめくように言葉を発する。   「殺すなら殺せばいい」  これ以上生き恥をさらすことは耐えられない。  父は国土を戦場にすまいと国境を守るために出陣して死んだ。母はシーナを逃がすため、自ら城に残ることを選んだ。側近たちはシーナを守るために次々と敵に討ち掛かっていった――。  しかし、王国は滅んだのだ。自分はもう、王女ではない。たった独りで生き延びる価値が、一体どこにあるというのだろう。  命乞いなどしてやるものか。たとえ全てを奪われても、身体に流れる王家の血は変わらない筈。    シーナの目をじっと見返していた男は、やがて小さな瓶を懐から出して彼女の前に置いた。 「飲め。ただし、全部は飲むなよ」  素っ気なく言って立ち上がり、元いた場所に座り直す。 「わたしを殺せ。それがお前の望みだろう!?」  声を荒らげるシーナには見向きもせず、男はけだるげに片膝を抱えて背後の壁にもたれ掛かった。打撃を受けた箇所が痛むのか、手で腹部をさすっている。 「そんなに死にたいならそれを飲んでみろ。毒が入っているかもしれない」   「何……?」  男が何を意図しているのか、シーナにはわからなかった。いかにも面倒臭そうな口調でそんなことを言われても、あまり信憑性がない。  それでもシーナは瓶をわしづかみにし、中身を煽った。半ば自棄になっていたのかもしれない。  一息に半分ほど飲んで、それが強いブランデーであることを知る。味はあまり上等ではない。しかし自分の身体に変化がないことで、少なくとも即効性の毒は入っていないことが証明された。  アルコールは、冷え切っていた彼女の身体を内側から温めようとする。 「俺に近寄られるのがそんなに嫌なら、そこのカリブーにでも抱きついていろ。また凍えてもこれ以上の世話は出来ないからな」  シーナは呆然とする。この男は雪山で倒れている彼女を助け、自らの体温で彼女の身体を温めようとしていたのだ。  しかし、敵国の兵士が、一体何のために?
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