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「貴様……何のつもりだ。わたしがフェルロンの王女だと知っていながら」
男はふんと鼻を鳴らして、自分の着ている灰色の軍服をつまむ。
「これは借りただけだ。別にいつ脱ぎ捨てたっていい。あんたが俺の服を返してくれるならな」
男の指摘を受けて、シーナは自分が毛皮で裏打ちされたローブの下に男物の質素な服を着ていることに初めて気が付いた。大きさが合わなくて、不格好にだぶついている。
「わたしのドレスは……」
「濡れていたから脱がせた」
男は事もなげに言い放つ。シーナが耳まで赤くなったのは、何もブランデーの酔いが回ったせいだけではない。
「無礼なっ……」
なんという恥辱だろう。シーナはこの時初めて、自分のような年頃の娘が若い男と二人きりでいる危険について思い至った。
男は不愉快そうに、形のよい眉根を寄せる。
「何が無礼だ。俺があんたの裸に一瞬でも見とれていたら、今頃あんたは石みたいに冷たくなっていた筈だ。妙な勘違いはするな」
シーナはぐっと言葉に詰まる。それは至極もっともなことだが、問題はそれだけではない。
「……何故、すぐに言わなかった。その軍服を着ていれば誤解を生むのは当然だろう」
最初の時点でこの男に敵意がないことが分かっていれば、力を使うこともなかった。体力、精神力を無駄に擦り減らしてしまったことは確かだ。
「事情を説明する前に暴れ出したのはあんただ」
反論のしようがなく、シーナは押し黙る。にこりとも笑わない男の顔が憎たらしい。
「吹雪がおさまり次第ここを出る。それまで身体を休めておけ」
「わたしをどうするつもりだ」
「決めていない。とりあえず、安全で暖かくて飢えないところに移動する」
シーナは警戒しつつも、男の隣に移動した。充分な明かりがない中、一つの嘘も見逃すまいと男の顔を間近に覗き込む。
「お前の目的は何だ」
追われている王女を助けて、一体何の得があるだろう。ソランドに売れば相応の見返りはあるかもしれない。
それとも、もっと別の狙いがあるのか――?
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