Ⅱ.洞窟にて

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「雪の中に行き倒れている人を見つけて、あんたは助けないのか」   「はぐらかすな。お前はフェルロンの民か?」   「違う。旅の途中だ」  ただの善意と受け止めるには無理があり過ぎる。フェルロン人が敬愛する王家の姫を助けたというなら話は分かるが、彼はそれも違うと言う。  ますます分からない。  考えること自体にうんざりしてきて、シーナは男から顔をそむけ、膝を抱えた。  「もういい。……疲れた」  そもそも、今生きていること自体が間違っているのだ。ない筈の命の行方について考えたところで何になるのか。    不意に男の腕が伸びてきて、身体を抱き寄せられた。シーナはとっさに身を引こうとしたが男は強引に、彼女の頭を自分の胸に抱き込んだ。 「何もしない。こんなところで凍えたくないだけだ」  彼女の頭上から男は言う。男の胸に密着した右耳から、穏やかな鼓動が聞こえてきた。  確かに、こうしている方がはるかに暖かい。男の冷たくかじかんだ指が、さらりとシーナの長い髪を撫で付ける。    こんなことは、レナードにもされたことがない。最後に握った手はもう冷たくなっていた。  レニー、どうして死んでしまったの?  圧倒的な孤独が押し寄せてくる。  孤独は重圧なのだと思い知らされる。  息苦しさに堪えきれず、シーナは男の胸にすがりついた。哀しみの涙はやはり出ない。  逞しい腕が、彼女の身体を支えてくれる。 「俺の国もソランドに奪われた。家族も、友も、全て」  やがて告げた男の声音には、どこか頑なな響きがあった。それゆえに、その言葉はすとんとシーナの心の中に落ち着く。  彼は知っているのだ。この、孤独と絶望を。 「何故、生きる道を選んだ?」  死んだほうがよほどマシだとは思わなかったのか。一体何が、彼を死の誘惑から遠ざけたのだろう。 「俺が選んだわけじゃない」  そうか、とシーナは呟いて、目を閉じた。男の単調な囁きと心臓の音を聞いているうちに、眠くなってきていた。  このまま目が覚めなければいいのに、と心のどこかで思う。 「お前、名は」  ナディル、と答えた男の声は、既に遠い――。  
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