Ⅲ.千里眼

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 その時、上空からでも鼠の尻尾が動くのさえ見分けることの出来る彼の目が、木立の影に隠れるようにして進む二人の人間と一頭のカリブーの姿を捕らえた。カリブーに跨がった人間の方は、体格からして女だろう。外套のフードを目深に被っている。  カリブーの手綱を取ってその横を歩く男は、ソランド帝国の灰色の軍服を着ている。その、派手な緑色の髪に目を奪われた。  彼は音もなく、ぐっと高度を下げる。  ちょうどその軍服の男が頭上を振り仰いだので、顔の作りまでしっかりと見えるようになる。男はまだ若く、薄汚れてはいたが端正な顔立ちをしていた。  彼はそこで、おや、と首を傾げる――。 「陛下!!」  身体を揺さ振られ、バノヴェの雪山の上空を飛行していた意識と視力は、半ば強引に暖かな自室へと引き戻された。   その衝撃が起こした頭痛を堪えながら、ユマ・ソランドはゆっくりと両目を開く。大きな窓からいっぱいに降り注ぐ日差しに目が慣れるまで、しばしの時間がかかった。 「お帰りなさいませ。朝餉も召し上がらずに、この度はどちらへお出かけでございましたか?」  目の前には唯一信頼の置ける側近の、艶やかな笑顔がある。 「アウロ……。相変わらず女のような顔をして、嫌味な奴だ。せっかく面白いものを見つけたというのに」   「そのようでございますね。新しい玩具を与えられた幼子のように、それはもうにこにこと楽しげに笑っていらっしゃいました」  ユマの精一杯の応酬にもアウロは全く動じた様子はなく、平然と倍返しにしてくる。自分と同い年の、しかし昔と変わらぬ美貌を持つこの男を、彼は溜め息と共に見上げた。 「主の寝顔を盗み見るとは、全く君らしい陰険な趣味だよ」  王の寝室に無断で入ることが出来る者は限られている。ユマが許したのは自分の家族とアウロ、そしてアウロの一人息子だけだ。  朝になっても起き出して来ないユマを起こすのは必然的に彼らのうちの誰かの役目であり、ほとんどの場合をアウロが一人でこなした。  ユマとしては、いくら女顔で美しいとはいえ中年の男には違いない側近よりも、年頃になって近頃ますます可憐になってきた娘に優しく起こしてもらう方がはるかに目覚めが良いというものだ。しかし残念なことに、そのような都合の良いことは滅多に起こらない。
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