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夕刻から降りだした雪は、止む気配もなかった。低く垂れ込めた雲から真っ直ぐに地上まで降りてくる。
果てのない暗闇の中である。
シーナは戦の中で王国が崩壊する音と、自身の息遣いだけを聞いていた。
一度倒れてしまった身体は起き上がることは叶わない。手足の感覚は既になく、息をすることとまばたきをする以外には彼女に出来ることはないようだった。
彼女の隣には、甲冑を着た騎士がうつ伏せに横たわっている。あまりにも多くの血を流しすぎた騎士は、もう息をしていない。
「レニー……」
腕を伸ばし、彼の手を握る。血濡れた長剣を持ったままの騎士の拳は硬く、無機質な冷たさを帯びている。
何故だか涙のひとつも出てこない。
悲しみはどこへ行ってしまったのだろう。
父が戦死し、母は城に残った。既に敵兵に占拠された城内で、母も無事ではないだろう。
数人の護衛に囲まれて城を脱出したシーナだったが、道中で次々と襲い掛かる敵と戦ううちに一人減り二人減り、ついには最後の一人となったレナードもこうして目の前で息を引き取った。
同い年の、将来を約束されていた騎士。気心の知れた大切な人。
彼が側にいてくれるのなら、王国の未来を背負う重圧にも耐えられると思っていた。
固く閉ざされた瞼を縁取る睫毛が、美しい栗色の巻き髪が、白く凍りついている。シーナはそれを己の脳裏に焼き付けた。
戦場となった城内で殺されるより、二人きりで静かに逝かせてもらえるだけありがたい。
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