一章

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    ベルグリッド暦八二七年、冬。  西大陸の中央に位置するフェルロン王国が、長い戦の末に滅亡した。  国土の七割以上を険しい山地が占めるフェルロンは、その地形の複雑さゆえに多くの侵略を防いできた息の長い大国である。  当代の王、ヴィアーニ・モルテ・フェルロンの治世は長く穏やかなもので、民からの信も篤い。  モルテ王家は、天から遣わされた聖人ベルグリッドの直系の子孫であると云われる。  ベルグリッドは既に神話の世界の聖人ではあるが、国の始めから一度も他国の侵略を許さず、血族を絶やさずにきたモルテ家は王国の信仰の象徴であった。    また、フェルロンは鉄やダイヤモンドを始めとする鉱物の豊かな国としても知られている。気候が厳しく土が貧しいのを補うように、フェルロン人は他国との交易で優位に立つことによって財を蓄えてきた。  その、“神の王国”とまで讃えられた国が倒れた。相手はここ数年で急激に力をつけたソランド帝国である。    元々南方の小さな島国家だったソランド国を、ユマ・ソランドは先王の跡を継ぐなり次々と他国へ戦争を仕掛け、あっという間に領土を拡大して大帝国に仕立て上げた。各地の反乱の鎮圧に法整備にと精力的に働く皇帝ユマは、未だ四十歳にもならぬ若き王である。  北上する国境は数々の国を呑みこみ、十年足らずでフェルロン王国の南端にまで迫った。  国境付近での小競り合いが長く続いた。当初のうちはフェルロン人の誰もが、わずか数年で帝国にのし上がった新参者の国になど自国が負ける筈がないと思っていた。  事実、気候も地形も全てがフェルロンの優位に働いていた。    事態が変わったのはほんの二ヶ月前のことである。  戦いのさなか、出陣していたヴィアーニ王が矢傷を負って死んだ。  国の大黒柱を失ったフェルロン側は大いにうろたえ混乱した。  その隙をついてソランド軍は一気に北上し、立ち直る隙を与えずに王都まで攻め込んでいった。    王に代わり政務を担っていた王妃は城内で処刑され、御年十六歳になる一人娘の王女は戦闘の混乱の中で行方不明になっているという――。  
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