1390人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
フェルロン王国の首都バノヴェは、ソランド帝国の兵士たちがもたらす異様な熱気に包まれていた。
あちこちで略奪者と化した兵士たちの歓声が上がる。時折、逃げ遅れたバノヴェの住民らしき女子供の悲鳴が混ざる。
その西の外れ、城壁近くのとある粗末な家屋の中で、イーグルは己の失態を呪っていた。出来ることなら耳をふさいで何も聞こえないようにしてしまいたかったが、それは叶わない。
彼の武器は取り上げられ、後ろ手にきつく縛られた両腕は柱にくくり付けられている。
したたかに殴られた左目の辺りがじくじくと痛んだ。元は白銀の長い髪の先が、滴っていく血を吸って赤黒くなっているのが見える。
――なんて様だ。
イーグルは血がにじむほど強く唇をかみ締めていた。
自分の失態がなければ、今頃はバノヴェを守るフェルロン軍がソランド軍を圧倒していたかもしれない。少なくとも、こうも簡単に王都が落ちることはなかった筈なのだ。
フェルロンの由緒ある軍人の家系の三男に生まれたイーグルが、間諜の一人としてソランド軍に送り込まれたのは、ソランド帝国がフェルロン王国の領土に狙いを定めた頃のことである。間諜になるための訓練を終えたばかりで、彼はまだ十九歳だった。
それから二年あまり、彼は慎重にそして忠実に仕事をこなしてきた。
何人かの仲間の間諜が捕まって処刑される場面にも居合わせてきた。とうとう、その順番が自分のところにまで回ってきたらしい。
焦りが募っていたのは確かだった。ソランド軍は一両日中にも首都バノヴェが見える所にまで進軍していたのだ。
ソランドの指揮官はいつ、どうやってバノヴェを攻撃するつもりなのか。何か、紙のほんの切れ端でもいい。
情報が欲しい。
夜を待って指揮官の天幕に忍び込んだが、結局捕まってしまった。
どれくらいの時間気を失っていたのか、正確には分からない。彼に分かるのは、祖国フェルロンが滅亡したということと、このバノヴェの片隅で自分が処刑されるのを待たねばならないということだけだった。
悔しい。
結局、何一つ守ることが出来なかった。
皆、無事でいるだろうか。城にいた筈の、王妃殿下や姫君は――?
その時、イーグルはふと顔を上げた。
背後にある扉が微かにきしんで開き、誰かが入ってくる気配がする。
最初のコメントを投稿しよう!