Ⅰ.密偵の男

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「フェルロンの王女は行方が分からないそうですよ」  一瞬、イーグルの呼吸が止まった。 「何だと」  行方が分からない。  イーグルの脳裏に、数年前の式典で遠目に見た王女の姿がよみがえった。赤銅色の豊かな髪と、生き生きと輝く気丈そうな金色の瞳。  王国の、たった一人の姫君。  あの方が生きておられる。その可能性が、まだある。  顔色の変わった彼の様子に、レイドは満足気だった。 「ね、まだ死ぬのは惜しいでしょう?」  レイドが言い終わらないうちに、イーグルは立ち上がっていた。乱暴な手つきで、目元を伝う血を拭う。 「行くぞ」  こんなところで、おとなしく殺されている場合ではない。  満面の笑みと共に差し出された剣を、彼はしっかりと握り締めた。  やがて二人の逃亡者は、雪のしんしんと降る夜のバノヴェに踊り出た。小屋を見張っていた兵士たちは昏倒し、そこかしこに倒れ込んでいる。  王都の片隅で起きた事態に気付いた者はまだいない。  闇に溶けた都では、未だに点々と赤い炎が燃え上がっていた。  
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