地獄の禅兵衛

2/13
前へ
/177ページ
次へ
この日が無ければ、篤司の人生はまた違ったものになっただろう。 その日の中学での授業が終わり、いつものように篤司は帰宅途中の道を、まるで目が見えているかのように足早に歩いている時だった。 背後から声が聞こえた。 「新堂篤司くん」 この低めで鼻にかかったような声には聞き覚えがあった。が、篤司は特別教室以外の生徒と全く関わりをもってなかったので、名前はわからない。 印象として、不良グループみたいな集団の一人、という程度だ。 篤司は振り返った。 その生徒は篤司に手招きをして、ちょっときてくれないかと言っている。 もちろん篤司には見えてはいないが。 「何の用だ」 ぶっきらぼうに答える篤司。相手が不良だからといって媚びるつもりは毛頭ない。 むしろ、自由に目が見え、やりたいことをやりたいようにやり、授業の時間に廊下を走り回るような男は大嫌いだった。 篤司の事を知らない不良の男は一瞬たじろいだ。 まさか俺に向かってそんな口をきく奴だとは、といった感じで。 「ちょっとこいって言ってんだよ。話がある」 「ここで話せばいいだろう」 退かない篤司に男は声を張り上げた。
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

234人が本棚に入れています
本棚に追加