over the spring breeze

5/5
前へ
/5ページ
次へ
 口を開いて言葉を探す。  良かったね?  それとも、おめでとう?   「紅茶、冷めちゃうね。もらうよ」    言われて初めて、自分がノーリアクションで固まっていたことに気付いた。    紅茶を飲む流音を見つめる。   「流音」    感情が、名前になって口からこぼれ出す。   「何?」    春風に、流音のやわらかいストレートヘアがすくわれて、サラサラと揺れた。  透明で、真っ直ぐな、強い視線。  それが自分にだけ注がれるのを、当然のように受け止めていた。    好き。    そんな風に言えるくらい強い感情じゃなかった。だから、あの時。流音の激情に流されるのが怖かった。   「その人、どんな人?いい人?可愛い人?」    美波の質問に、意外そうに紅茶を飲む手を止めた流音が、首を傾げてからふっと笑った。   (あ……)    流音の笑顔に色がついてる。   「年上、かな」   「うん」    眉をしかめて、考える素振り。   「言いたいことはずけずけ言う、ちょっとうるさい人」   「……うん」   「……でも、真っ直ぐで可愛い人だよ」    春の、冷たいような、温かいような優しい風が吹いてくる。  美波は自分の左手の薬指にはまった銀色の指輪を見つめた。    私が放した流音の手を、しっかり握りしめた人がいる。   「紅茶ご馳走さま。美味しかった」   「……うん。流音」    あれは恋だったのだろうか。  あの時に戻ってやり直したいとは思わない。今ここから何かを始めようとも思わない。    ただ、あの十二月の流音を抱きしめたかった。   「何?」    放した手の向こう側に、こんな今がある。そのことを、あの頃の自分達に伝えることが出来たら。   「今度、その人に会わせてね」    流音が、また微笑んだ。   「うん」    もうすぐ五月。  初夏がくる。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加