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口を開いて言葉を探す。
良かったね?
それとも、おめでとう?
「紅茶、冷めちゃうね。もらうよ」
言われて初めて、自分がノーリアクションで固まっていたことに気付いた。
紅茶を飲む流音を見つめる。
「流音」
感情が、名前になって口からこぼれ出す。
「何?」
春風に、流音のやわらかいストレートヘアがすくわれて、サラサラと揺れた。
透明で、真っ直ぐな、強い視線。
それが自分にだけ注がれるのを、当然のように受け止めていた。
好き。
そんな風に言えるくらい強い感情じゃなかった。だから、あの時。流音の激情に流されるのが怖かった。
「その人、どんな人?いい人?可愛い人?」
美波の質問に、意外そうに紅茶を飲む手を止めた流音が、首を傾げてからふっと笑った。
(あ……)
流音の笑顔に色がついてる。
「年上、かな」
「うん」
眉をしかめて、考える素振り。
「言いたいことはずけずけ言う、ちょっとうるさい人」
「……うん」
「……でも、真っ直ぐで可愛い人だよ」
春の、冷たいような、温かいような優しい風が吹いてくる。
美波は自分の左手の薬指にはまった銀色の指輪を見つめた。
私が放した流音の手を、しっかり握りしめた人がいる。
「紅茶ご馳走さま。美味しかった」
「……うん。流音」
あれは恋だったのだろうか。
あの時に戻ってやり直したいとは思わない。今ここから何かを始めようとも思わない。
ただ、あの十二月の流音を抱きしめたかった。
「何?」
放した手の向こう側に、こんな今がある。そのことを、あの頃の自分達に伝えることが出来たら。
「今度、その人に会わせてね」
流音が、また微笑んだ。
「うん」
もうすぐ五月。
初夏がくる。
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