おいでませ勇者亭のお話

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ゆっくりと開けられる扉。そこから覗く二つの瞳。メイド服に身を包む恐ろしい程に整った容姿をしている美人の…… メイド服? 扉から出て来たのはドルチェだけだった。 私とランはホッと安堵の息を吐き出す。ふと間近でランと視線が合い、今の抱き合った状況を思い出して慌てて離れる。 「……む?喧嘩ですか?」 何か勘違いしているドルチェさんは首を傾げているので、大丈夫そうだ。 先程からドルチェは料理を乗せたお盆を二つ、両手でバランスを取りながらも危なげなく持っている。 「……マスターおはようございます。お怪我はもう大丈夫ですか?」 心配しているようにはまるで見えないし聞こえない無表情で抑揚のない声。 「大丈夫ですよ。ランに聞きました。ドルチェが、助けてくれたんですよね?ありがとうございます」 そう言うとドルチェはランの方を一瞥した後、澄ました顔で宣う。 「……いえ、マスターを守るのは当然のことです」 相変わらずいつもの無表情で感情のない声。心配してくれているのかどうなのか判断がしにくい。 するとランがクスクスと笑いながらドルチェに近付き、肩に手を回した。 「なんやドルチェ~。クールに振る舞ったりして、ヒューイが倒れて起きへんから、めちゃめちゃオロオロしとった人物と同じとは思えへんわぁ」 ランは意地の悪い笑みをしてからかい出し始めた。そのからかいに痛い所を突かれたとばかりに、ドルチェは少し焦った様子で視線を逸らす。 「……オ……オロオロなんてしてません。それにしてもあなたは、今日始めて会ったというのに、馴れ馴れしいです」 それでも冷静を取り繕い、話題を変えようとするドルチェ。だが、ランがそんなドルチェを見逃す筈もなく―― 「『マスター!大丈夫ですか!?目を覚まして下さい……!マスター?マスター!?返事をして下さい……!死んだらダメですっ』って焦っててラブリーやったわぁ」 「…………マスター、あの女の言ってることは嘘ですから気にしないで下さい」 「……わ、分かりました」 私もランと一緒にからかいたかったが、また意識を失うことになりそうだったので止めておこう。
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