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さり、さり、さり…
手元で包丁が小さな音を立てる。直江は流しに立ってじゃがいもの皮をむきながら、同じく隣に立って包丁を握る愛しい恋人の横顔をちらりと見やった。彼-仰木高耶は手早くかつ真剣に、それでいて楽しそうに、重ねた薄焼き卵を短冊状に切って、錦糸卵を作っている。休むことなく手を動かしながら、時折、素麺をゆでている鍋を菜箸で優しくかき混ぜる。そうしながらも、口は今日見たレンタルビデオの批評に忙しく動いていた。
「二本目のヤツさあ、あれってラストがなんかおそまつだよな。せっかくいい感じだったのに、あれじゃ興が冷めちまう。…なあ、おまえ人の話聞いてんのか?」
覗き込まれて直江ははっと緩みきっていた顔に優しい微笑を浮かべる。
「ええ、もちろん聞いてますよ」
「何だよおまえ全然進んでないじゃんか。手が止まってるぞ。ぼけっとしてないで手を動かせ、手を」
少しも減っていないじゃがいもを見て、高耶が叱る。それに直江は、
「あなたに見とれてたんですよ」
食えない笑みに、高耶が赤くなった。それをごまかすように怒鳴る。
「くだらないこと言ってないでさっさとむけっ!」
「はいはい」
肩を竦めて直江がまたじゃがいもに向き直る。再び包丁を握ったが、隣の高耶が気になって仕方がない。見ると、その耳たぶはまだ上気していて、俯いた唇は幾分膨れているようだ。その様子に直江は衝動に駆られてそっと名前を呼んだ。
「高耶さん」
「ん?」
こっちを向いた高耶に顔を近づける。と。
「ひっ!」
目の前に鈍い銀の輝きが翳された。高耶は持っていた包丁を直江の鼻先に突きつけながら、
「その高い鼻、そぎ落として欲しい?」
「い、いえ…遠慮しときます」
仕方なく皮むきに専念し始めた直江に、高耶は呆れたようなため息をついた。
「料理中には手を出すなって、何度言ったらわかるんだ、おまえは!」
「どうしてダメなんですか。いいじゃないですか、別に。だって高耶さんがあんまり可愛いから…」
拗ねたような口調で呟かれて、また高耶は赤くなってしまう。
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