第一部

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朝焼け、夢の様な想いに残るキミ。記憶の糸を手繰り寄せ、もう一度心に蘇らせる。胸に響く安らかなる音は、現実逃避への警鐘なのか、留まる事を知らず流れ続ける時へのノスタルジーなのか。想いは、現実に見える佐世保の夜景を通り過ぎ、高層ビルの林を飛び越え、静かに朝日が空を空白に染めた時間へと引き戻す。 二人で部屋に入り、靴越しに絨毯を歩く感触で非日常を自覚する。歩こうとする度に足に抵抗を感じ、瞳に映る全ての景色が異世界を演出する。昨日までの雨は、新しい本を開く手つきの様にゆっくりと宙を流れ、空の景色を曖昧な曇り空に移し帰る。戸惑いを映し出し、晴れる事無く複雑なままの空。何処に居て良いか分か らず、居場所が定まらぬまま、鉛色の空に吸い込まれ窓辺に向かう。白いレースのカーテンを開け、眼下に見下ろされた地上からは、決して見る事の出来ぬ景色に目を向ける。三十一階に在るこの部屋は、見える筈の無いビル風を眼下に現し、雑然としている風景を適度に曖昧にさせる。下に広がる月曜日の夜の駅は、沢山の人影を 街に吐き出し続けている。都心から離れたターミナルと言えど、その光景は変わらず、ネオンに誘われた人々は夜の街に向い、散り散りとなって闇の中に姿を隠す。地上を歩く人影には、何等変わり無い日常的なこの日。暫く窓辺から見える景色に心を任せ、不意にキミに目をやる。  少し長めの髪を後ろに流した小柄なキミには、幼さと大人びた魅力が器用に同居している。一見、野性的な外見にも関わらず、横顔からはあどけなささえ残る柔らかい空気。吸い込まれそうな不思議な魅力を持ったキミ。今朝まで遠い人だったキミが目の前に居る。  現実は何時も物語を超える。頭で理解していた事柄がリアリティを帯び、熱を持って胸に込み上げて来る。クールに見詰めてしまえば、二人の寂しがり屋が出逢った、ただそれだけの事。しかし、それを必然と感じてしまうのは可笑しいだろうか。世の中の多くの素晴らしい物語達は、きっとそうして生まれて来ている筈なのだから。
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