冬のコテージ

4/5
前へ
/29ページ
次へ
昼下がり ロッキングチェアに身をあずけて 彼女から借りたママス&パパスを聴いていた 軒の深いテラス越しの 窓から見える 凪いだ海は静かで 空は海と同化して重く 憂鬱で 薄暗かった 僕はダッチウェストに薪をくべて ママス&パパスを聴きながらグラブの手入れをした 朝の散歩から何度聴いただろうか メモでもしていなければわからないほど 幾度となく繰り返し聴き 時間がたてば また 聴き直すことを繰り返しながら グラブの手入れをした 黄色く染めた牛革の セカンド用に作られた 小型のグラブの革とオイルの匂いを 鼻孔からすすり入れて 普遍的な匂いに 幸せを噛みしめてみる アメリカ製のグラブは 自分の型を作るには柔らかすぎると思ったので 昔から黄色い染色が鮮やかで 皮革が硬めな国産のT社製のグラブを使っている 右手にこぶしを作り 出来合いの型を壊すように 2 3度スイートスポットを叩く スイートスポットが出来ていない真新しグラブは 自分の掌の動きを覚えた柔らかさがなく 道具としては無意味な デコレーション用の乾いた美しさを保っている 掌に馴染んで 美しさに優る愛着を得るには もう少しの時間を必要とするのは仕方のないことだ ロッキングチェアに身をあずけている僕は ママス&パパスに締め付けられて 現実から離れた陶酔感に浸るが グラブを手にした肉体は 長年の時が 身体に染み込ませた 老人の居合道の型と同じように 無意識にスイートスポットを叩き続けて 硬い音を響かせる 僕はグラブの背面を曲げて ポケットをできるだけ拡げる ボール代わりにしたこぶしで2 3度叩く その こぶしをスイートスポットで掴めたと思ったら 保革オイルを付け 仕上げに 型崩れ防止スプレーを吹き付ける 重石代わりになるスナップボールを スイートスポットに収めてから コテージのログの端材 パインで造作した 無骨な木製キャビネットにグラブを置いた 充足感の混じった 大きな吐息と共に ロッキングチェアに深く身体を沈めて グラブを眺めながら身体を休めた
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加