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おの………
おの………さ……
おの……ち……さ
遠くで誰かが私を呼んでる…
パパ?
ママ?
おじいちゃん?
…小野千紗っっ!!
バチ――――ン
教室中に教科書を顔に叩きつけられた音が響いた
「一番真ん前の席で居眠りとは、いい度胸だな、小野」
だいぶ後退した生え際と眉毛の間の広いおでこに、びっしりと皺を作ってメガネ越しにコチラを睨んでいる先生と、驚いて真ん丸になった千紗の目があった
「……へへ」
千紗は力なく愛想笑いをした
クラス中にクスクスと笑い声が聞こえる
そういや授業中だったな
あ~それにしても懐かしい夢見たな
あれから10年くらいたったかな
確か…小学校2年くらいだった
忘れもしない
初めて私に泣き虫と言った男のコ
私は人前では泣いたことがなかった
家が空手道場で、物心つかないころから胴着を着ていた
小学校に上がるころには、同級生を敵としなかった
稽古がきつくてイヤになるときもあった
泣きそうになるときもあった
けど、泣かなかった
稽古中に泣くようなヤツはいらん
大好きなおじいちゃんがよく言う言葉だ
おじいちゃんには嫌われたくない
いらないと言われたくない
だから痛くても苦しくても、必死に涙をこらえた
そのうち稽古以外でも、泣くのをガマンする癖がついた
学校でも泣いたことはない
ケンカしても相手にならなかったし
短気だし、やたら強い私はみんなに「怪獣」や「男女」、「人泣かせ」とかしか言われたことがなかった
でもあの日
あの日だけは
おじいちゃんもいなくて
どうしようもなくて
泣いていた
そして偶然出会った男のコに「泣き虫」と言われた
生まれて初めて
男のコに「女のコ」として見てもらえた気がした
あの時のうさぎのキーホルダーは、いまもカバンにつけている
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