【Ⅰ】男娼

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尚も奴はギターを弾いていた。 「おい」 俺の呼びかけにも応えないで。 「ロゼ」 「ん? …いい歌でしょ、これ」 「いい歌もなにも、 音が聞こえない」 そのギターは、 ネックが曲がり 弦も張ってない ボロボロな代物だった。 「そっか。 俺の頭の中にしか 聞こえてないわけか」 「そういうこどだ」 俺たちはいつもの場所に座っていた。 21時、 13ブロックで 一番デカい酒場の前。 まだ一仕事するには 早い時間だな。 煙草に火を着け、 煙を吐いた。 奴はというと、 ギター"らしきもの"を 弾くのに飽きたらしく、暇そうに気だるく足を抱えていた。 「今日、妙に寒くない?」 「そうか?俺は丁度いい」 「風邪でもひいたかな」 「客に遷されたか」 俺たちは男娼で生活をしていた。 ここ最近、 「イカレタ地区」 13ブロックでは珍しくない。 同性愛者の多いこのブロックでは、 男が男を、 女が女を買う。 政府や政治家が 極秘に買いに来ることも少なくない。 「さてと。」 奴はそう言い放つと、 勢いよく立ち上がり 歩き出した。 「どこ行くんだ?」 「ジェラートでも買ってくる!」 「さっきまで寒いだなんだ言ってたくせに」 奴は俺に笑ってみせ、 闇に消えた。 俺の煙草は短く光っている。
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