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佐伯松左衛門は次席家老を務める、いわゆる生粋の政治家である。 南部藩で“開国派”を指揮しているのも佐伯であり、大目付や組頭にもその勢力は及んでいた。 彼と対峙しているのは首席家老の杉村左内であり、現在の互いの勢力は均衡状態らしい。 もっとも、政争というものに関心の無い勘平は、佐伯からそれを教授されても、あまり実感を持てないでいた。 無理もない。勘平は年に五十石ほどの禄しかもらえぬ下級藩士なのだ。 「この夜更けにぬしを呼んだわけは何故か。薄々感づいてはおるだろう?」 薄笑いを浮かべる佐伯の声が薄暗がりの部屋に染み渡る。 灯りが絞られたその部屋で、勘平は気味の悪い汗を背筋に流していた。 「今しがた話した通り、時代は大きく動こうとしておる。つまらぬ感傷にこだわっている場合ではないのだ。今はまだ、幕府も鎖国令を強いておるが、いつ崩れるか知れたものではない」 佐伯は重々しい口調に変わり、それまでの薄笑いを引っ込めていた。 まだ三十五という若さで、その様子にはすでに重役の権威がみなぎっている。 「長州の敗北は記憶に新しかろう。かの強国が敗れたのは、ひとえに戦力の差だ。日本国はそれだけ外国に遅れをとっている。だというのに、ここで意固地に殻を閉じて何とする?杉村を筆頭に据える攘夷派は、つまりは幕府の機嫌取りに執着しているのだ。情勢は今に開国に傾く。その時になってからでは遅い」
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