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一から教えられずとも、勘平の耳にだって大体の情勢は届いていた。
ただ、日々を田畑の見回りに費やしている勘平は、やはりそういった事柄と疎遠になりがちである。
真っ黒に日焼けした頭を垂れて、勘平は家老の話を聞いていた。
「だが、杉村も強情な奴でな。知ってはおるだろうが、一週間前、組頭の北村が斬られた。首謀者は言わずもがな。しかし、証拠が無いゆえ、我らも困っておる。わしとて、いつ何時襲われるかわからん。そこで、ぬしをわしの近衛役に就かせたいのだ」
勘平は肩をぴくりと震わせた。半ば予想通りとはいえ、驚きは隠せなかった。
「それがしが、ですか?」
「うむ。確か、ぬしの家禄は四十石だったな。此度の命を終えたら、それを倍に加増させよう」
禄高の倍加。それは勘平からすれば思わぬ出世であった。
それでも百石にすら及ばないというのも情けない話だが、これで毎日の困窮から抜け出せるという思いが勘平の頭を掠めた。
しかし、事は深刻だ。それだけの報償が見込めるということは、相応の対価も払わなければならない。
近衛役というが、まさか身辺の警護に収まるだけとは思えなかった。
敵も馬鹿ではない。無策に家老を討つより、手足となる目付や組頭を潰していくだろう。先の北村が良い例だ。
念のためということもあろうが、つまり佐伯は腕の立つ遣い手を集めておきたいのだ。
それが意味するところは、実力行使の削り合いである。
少年の時分から頭の冴える勘平はそこまで考え、命を賜った。
「は、謹んでお受けいたします」
「よく言った。さぁ、酒でも馳走しよう。旨いのが入ったのだ」
満足げに微笑んだ佐伯は、襖の向こうに声を投げた。少しすると、若い女中が徳利を盆に二本乗せて入ってきた。
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