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小さな、ほんに小さなベルの音が、たゆたうように主人へ伝わった。ひどくゆっくり、反して厳しく、ベルは主人の鼓膜を震わせた。
前に長い空間。横へ両腕を伸ばせば、楽に壁を突くことが出来る。先はとんと遠く、まるで廊を思わせた。見えるのは、大きく十歩先にカウンターと人影。ゆるく、手を振っていた。
ぽつり、ぽつりと照らす灯りは、床へ置かれて内を示す。壁は高く天井へ灯りは届かない。薄暗い空間、柔い灯り。神秘というよりは、不気味の方が当てはまろう。
ベルが静まった。空間から揺らぎが消え、張りつめる。
鳴らした当人は灯りに誘われるまま、振れる手に導かれるまま、歩き出した。靴音が、跳ね返る。空気が振るえる。
「やぁ、いらっしゃい。」
落ちるような声がした。安定した、空気に馴染む声。それは此処の主人だと証す。
足を止めた。足下の灯りが一つ、ぼうと唸って消える。怯えて、また一歩と主人へ近づく。歩かされるように進み、気付けばカウンターは目の前だった。
「いらっしゃい、ようこそ。」
二度目の声は、すでに耳へ馴染んでいた。不思議と嫌悪はなく、不気味さえ遠のいている。ただ不可解だけが、自らの声を封じた。
木のカウンター。一枚のコースター。それぞれには金か銀かで装飾されていた。細かく、それでいて多彩。灯りはカウンターの上に一つ、異例として掲げられている。明るく、どこか暖かみのあるカウンターだ。
主人は大きな革張りの椅子にだらりと座っていた。手にはロックグラス。辺りには濃い酒の匂い。どうにも、芳しくない。
カウンターより奥の壁は、雑然と酒瓶の並ぶ棚のよう。多種多様。観たことのあるものは、一つもない。目を戻し、主人を見下げる。当初から変わらないと思われる、嘲笑があった。
「ようこそ。ここは君の所望した殺し屋だ。ご依頼は何かな?」
ロックグラスの氷が、ごろんと廻った。
殺し屋 -コロシヤ-
──家族を、殺してください
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