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主人はしばらくの間、食い入るようにコートへ目をやっていたが、とうとう飽いたのか、カウンターに放り出されたままの新聞を手に取った。コートは音を立てて落ち、主人は酒を一口、中で転がす。
「ふん、読めないなぁ。」
一面には大きく何かを取り上げていることは、見た限り把握できる。民家の写真と数人の顔写真、大小異なる文句や文章。モノクロで統一されているのだが、どこか言いしれぬ迫力を表していた。主人は一度、グラスをコースターへ置いた。
結露で濡れた指先を、文章の始まりと思われる文字へ導く。つ、と滲み出すインクは、規則性を持って連なる流れを作っていく。そして、水と成した文字は一つずつ粒になり、紙の上で弾けた。
主人は文字の弾ける音を耳に留めていく。音はすなわち、文字を説いていた。
「一家皆殺し。犯人は白いコートを着用、ね。」
確認すべき点を挙げていく。依頼を須く遂行できているか、主人は酒を呑み顔写真へ目をやって考えていた。新聞が真実なら、概ね成功したらしい。酒を注(つ)ぐ。
三杯ほどを呑み終えた頃、新聞は静かになった。同じ内容を繰り返すような文面に、主人はもうほとんどを聞き流していた。酒を一度置き、人差し指を天へ向けると、新聞に落ちた一粒の結露は舞い戻っていき、新聞は元の様を表していた。
「つくづく此処は珍しい依頼を招くようだね。ふん、愛憎とは難しいな。」
主人は再びコートを浮遊させた。滴る雫は地面へ落ちていく。重く、柔らかく、染みていく。
主人は此処を出た後のことを、依頼遂行までの所行を、しばし思い返した。息を短く吐き、目を閉じ、それだけに集中する。
コートは主人を亡くし、少しだけ寂しそうだった。
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