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長兄。見聞きした話は全てこれに関してだった。特に質したりはしていない。あの家について教えろとその一言が、長兄に繋がっていくようなのだ。誰もが顔を歪め、口を尖らせ、目を細めた。主人は結果、同じような顔と幾度も合わせることになり、やはり最後には飽いてしまった。しかしその頃には、新聞が彼の望む事象を描いていた。新聞を適当に手に入れた主人は、早々に店へ舞い戻ったのだった。太陽が三回ほど昇って落ちた頃だった。
グラスを傾けて、水も同然の水滴が舌へ落ちたことによって、主人はゆっくりと回想を辞めた。氷を一つ入れ、酒を注(つ)いだ。乱暴にかき混ぜる。幾つかが零れ、新聞に落ちた。それぞれが再び文字を説き、主人は止(と)めることはしなかった。重なり合う澄んだ文字は、事象を伝える。
──、家族皆殺しの犯人は現在逃走中……
──近隣住民の目撃証言によれば、犯人は白のロングコートを着用していた。
──父、母、長男、長女、次女の五人家族。長男は帰宅したところを殺され……
──長男の誕生パーティーが開かれていた……
──一家惨殺、殺害方法は非道く、怨恨の線が濃厚で……
音は押し寄せる波のように耳を叩き続けた。主人は波を一つ一つ聞き分けると、三度(みたび)コートへ目をやった。くたりとへこたれている。白いロングコート。彩る赤い斑点。すでに乾いたそれらは滴ることを辞め、固く張り付いている。
半端に散った新聞は説く音を終えていた。主人は酒へ雫を返し、視線は変わらずコートを刺していた。大きくも小さく、濃くも薄く散らばる赤い斑点を確かめるよう、主人は目配せをする。酒を元に戻し、口に含んだ。
「君が見た事実を、僕に教えてくれるかな。」
コートが靡いた。大きく音を起て、風を巻き起こし、主人を何処かへ吹き飛ばした。それはとても遠くであり、近いようでもあった。
ただ主人の気まぐれは、尽きないようだった。
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