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一瞬で男の表情は元に戻り、もはや感情を示さなくなった女に向き直り、書類を受け取った。
「ありがとぉ。この印ないとただの殺人犯なっちゃうからぁ。あっ今準備するからちょっと待ってて!」
男は、肩から下げていたバッグの中をゴソゴソと探ると、黒く鈍く光る警棒を取り出した。
その様子を、女は怯えることもなく、ただ黙って見つめていた。
男は、警棒をグッと握ると女ににじり寄る。
「じゃあ、一瞬痛いかも知れないけど…、すーぐ楽になるから。」
さすがに白昼堂々、普段なら平和な公園で事を始めるのがためらわれたのか、男は辺りを見回すと、少し林となった場所へと女を連れて行った。
「アナタは偉いコよ。これから人の役に立つんだもの。」
「そんなコトいいから…早く殺してよ。」
そう力なく呟くと、女は静かに瞳を閉じた。
「あっそーね。それじゃあ…」
男は軽々と警棒を振り上げた。
女の顔に黒い陰がかかる。
「サヨナラ」
ゴッと鈍い音がすると同時に、女はドサッと倒れた。
頭部からの出血は少量。時々ビクッと痙攣を起こしている。
男はその状態を見ると、女の脈拍、呼吸、瞳孔を調べ始めた。
一度で脳死にする術を習得しているのだろう。心臓は止まることなく、明らかな脳死状態に仕上げた。
「かぁんぺき!完全に脳死状態ね♪さてと、このコ連れてってもらわなきゃ。」
いくら心臓は動いていても、時間が立てば鼓動も停止してしまう。循環が行き渡らなくなれば、移植する臓器の鮮度も落ちてしまうというわけだ。
そこで、脳死を成功させた者は、速やかに待機している処理班に連絡し、連れて行かせるのであった。
男は携帯を取り出し、電話をかけた。
「あっモシモシ?村上智で~す。うん、そぉ。今終わったのォ。手こずったわぁ。一回逃げられちゃってぇ。うん。じゃあ、後はよろしく~♪」
ピッと電話を切ったあと、智と名乗ったその者は女を振り返った。
女はまだ痙攣している。
「さーてと…。」
智は女の前にしゃがみ、痙攣する度に頭部から溢れる血をハンカチで拭き取った。
「…よく家族や友達を犠牲にして逃げなかったわね。感心するわ。」
間も無く処理班が訪れ、タンカーに女を乗せた。
まるで物の様に積み、連れて行くのだった。
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