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ユダヤの指導者らは翌日までそこに彼らの体を磔にしておくことを望まなかった。その日は「過越しの祝」と呼ばれる特別な安息日だったからである。そこで指導者らは提督ピラトに、磔にされた者達の足を折り、その死を早めるよう命じた。そうすれば、遺体をすぐに引き降ろす事が出来るからである。そこでまず、兵士らはイエスの両脇に磔にされた二人の囚人の足を折った。そしてイエスの足を折ろうとした時、兵士らは既にイエスが死亡しているのを見た。そこで彼らは足を折らず、代わりに一人の兵士がイエスの脇腹に槍をつきたてた。するとイエスの体から血と水が流れ出た。この報告は目撃者による正式なものであり、信ずるに値するものである。そしてこの出来事は即ち、聖書に記された以下の預言をかなえるものである。「彼の骨は一本足りとも折られない」「そして彼らは自分たちが刺した者を見るだろう」 - [ ヨハネによる福音書 19章32-37節より]
その槍を持つ者は世界を制する
それから後の事である。この福音書に描かれた槍はいつしか「ロンギヌスの槍」(あるいは「運命の槍 Spear of Destiny」、「聖なる槍 - holy lance」)と呼ばれるようになり、多くの人々の関心を集めることになる。そしていつしか「その槍を持つ者は世界を制する」という伝説が生まれ、これまで歴史上の多くの英雄 - あるいは侵略者達を魅了し続け、様々な逸話を生み出し続けてきたのである。
この槍が歴史上に登場するのは、古くは紀元4世紀のことである。初代ローマ皇帝、コンスタンティヌス1世とその家族もその槍を探し求めていたと言われている。彼らはキリスト教に傾倒し、特にその母親ヘレナはエルサレムへの巡礼の旅の途中、キリストを磔にした聖十字架や聖釘と共に、「ロンギヌスの槍(注1)」を発見したという逸話が残されている。
そしてこのコンスタンティヌス帝の手にした槍はその後、テオドシウス(ローマ帝国最後の皇帝)、アラリック(ローマを征服した西ゴートの王)、テオドリック(東ゴートの王)、ユスティニアヌス(東ローマ帝国皇帝)、カール・マルテル(ポワチエの戦いでムスリムを撃破した)らの手を転々とし、
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