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――目の前にはよくわからないものがいる。人型をしているがその姿は鮮明でなく靄がかかったようにあやふや。
そうか。お前は――死神か。
「五分ダケヤル。未練ナクセ」
機械音とも生音とも違う声域で喋る。
「オマエ未練残ス。ソレヨクナイ」
そうか、俺は死んでるのか。
そう思うと一つだけ未練があった。
(別れを告げれなかったな)
漠然とそれだけを考えていた。死んだことは惜しくはなくて、ただそのことだけが頭をよぎってる。不思議と清々しくて。
それは既に死んでるからかもしれない。
「五分チャンス、アル。考エル時間モ後僅カ。早クキメロ」
―――。
時間がない。と死の使いは言う。そもそも死ねばそれで終わりのはずなのに、チャンスがあるという待遇。何故そんなのがあるのか。
それは彷徨える魂の増加による様々な問題が原因で、未練を残す人間に与えられたチャンスだという。ただ、まだ正式に施行されたわけでなく、練習期間であり、予行練習というか事前調査なのだが、それを死ぬ人間が知るよしもない。
五分間の別れを告げる。
そう決意して、目が覚めた。
「夢……じゃなさそうだ」
そこは見覚えのある光景と流れが前を目と言うスクリーンを通して脳に叩きつけられる。それは強烈な既視感。
当たり前だ。何故ならばこれは死ぬ直前の光景と同じだったのだから。つまり、あの死の使いが言ったことが確かなら、五分後に俺は死ぬ
街にあるスクランブル交差点、些細なことで喧嘩になった。どっちが悪いのか、何で喧嘩したかも覚えてないが、彼女に強がりを言って喧嘩に啖呵をきって別れた直後だ。
その数分後。俺は事故に巻き込まれ―――。
(なら、会わなくちゃ)
そのためのチャンス。死ぬと決められた俺に与えられた、迷いと決別する時間。
(何処だ。何処にいる?)
人の群れを潜りぬけ、彼女の元へと走る。何処にいるかは分からないが、きっと会える。
―――でなければこんな時間は無駄なのだ。
だから会えると信じて。
走った。必至に。
―――そうして。
彼女と最後の別れを交わして
絶え間ない未練を増やして、消えた。
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