17人が本棚に入れています
本棚に追加
「………そうなんだ」
私は瞑想から自力で戻り、出来るだけ感情を押し殺して淡々と言った。
「なに?興味ないわけ?」
「無いわよ。部長が離婚しようが私には関係ないもん」
「いやいや関係あるわよ」
「どんな?」
私が聞くと、彼女はうなだれたようにしてため息を吐いた。
「部長の小言に磨きが入る」
「げっ、それはやだなぁ」
私は苦虫をかみつぶしたような顔をわざと作りながら言った。それを見た早苗が笑う。
―――そんなにおかしかったかな?
「それよりさ。今日飲みに行かない?私、良い店知ってるんだ。前は喫茶店だったんだけど、お酒も飲めるようになったんだって」
「へぇ」
どうしよう?最近飲みに行ってなかったし、行こうかな?夫も今日は遅いって言ってたし。
「行かない?」
「ううん、行く」
「ホントに?やった! ホントは他にも五人ほど誘ってたんだけど、誰も来てくんなくてさ。困ってたの」
そこで私は大変なことを思い出した。そうだ、早苗は酒乱なのだ。酒をある一定以上飲むと気が荒々しくなる。
その上、暴れるだけ暴れると寝てしまうのだ。店の中で。飲み相手を残して。
しかもその暴れた記憶が目を醒ましたあと残っていないというのが質の悪い。自覚症状がないのがホント皆を悩ませている。
だからこのオフィスにいる皆は早苗と酒を飲みに行くのを避けている。そのことに早苗は天然なのか、全く気付いていない。
「…や、やっぱ私、今日止めとくわ。夫も早く帰ってくるだろうし…」
だがそんな嘘がまかり通る訳もなく
「そんな嘘は要らないわよ。ちゃんと確認取ってますから」
と言って早苗は携帯をブランブランと振る。
―――行く…しかないのか…
私はその酒場で起きることを想像しながらため息をひとつ、深く吐いた。
―――てか、いつの間に夫の携帯番号聞いたのよ?
それを聞こうとした時にはもう早苗の姿はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!