序章

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搭乗口はざわついていた。広々とした空間は古いながらも清潔な空気を漂わせており、顔が映りこむほど磨かれた大理石の床はひんやりと冷たい。 巨大なガラス張りの窓からは、羽根を休め次の出発を待つ鉄の鳥たちの姿が見える。 窓の手前には薄青の布に覆われた椅子が立ち並び、スーツ姿のビジネスマンが新聞を手にふんぞり返ってくつろいでいた。 その更に後方、通路を同じくビジネスマン風の男たちが行き交い、腕にはめた通信機でいそいそと連絡を取り合っている。 他にも、カフェテラスで食事を取る家族や、売店で土産物を購入している都市から来たらしき女性の姿も見えた。田舎の空港なりに、それなりの賑わいを見せているようだ。 ここまでは何の変哲もなく、普段通りの光景である。しかし、今日はそれらの人々に加え、大きな荷物を抱えた少年少女たちが床に座り込み、話題が尽きることもなく盛り上がっていた。人数は並べて数百人程度。広い空間の殆どを、彼らが占拠してしまっている。 所謂、修学旅行前によく見られる光景だった。 行儀よく並べられた生徒たちの前に教師が立った瞬間、二、三人の声を除き、ぴたりと会話がやんだ。頭は見事に禿げ上がっているのに、口元には立派な髭を生やした彼は、学年主任であろう。男は黙り込んだ生徒たちを見渡し満足げに微笑むと、胸元につけた小型のマイクを指で軽く叩いた。 甲高い耳障りな音がして、張りのある初老の男性の声がロビーに響き渡った。 「えー、いよいよ待ちに待った修学旅行だ。あー、事故の無いようくれぐれも気をつけるように。じきに、搭乗を開始するが、えー、搭乗券を落としたら乗れないからな。もうお前らも高校生だ。自己責任、で、自分の荷物類は管理するようにー。以上。」 よく通る声で、妙に間延びした話し方をする。えー、やら、あー、やらの数を数えてクスクスと笑う生徒の姿もある。彼の日常的な癖なのだろう。 学年主任がくるりと横を向いたとたんに、再びロビーはざわついた。教師たちも、生徒たちが首を長くして待っていたこの日に、口煩く「静かにしていろ」などと云う程厳しくはない。 誰の顔からも、笑顔が溢れている。搭乗開始時刻までは、実のないお喋りも許容しておくスタンスのようだった。
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