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「ちょっと待ちなさいよ……」
後ろから聞こえてきた声に反応し、アタシが振り返ると、そこにはさっきアタシの前に立っていた女が一人のサラリーマンの腕を掴み上げていた。
「さっき電車の中で触ってきたでしょ……」
「……」
それは小声だったが、アタシにもハッキリと聞こえる勇気を振り絞った声だった。
女はもの凄い形相でサラリーマンを睨みつけていたが、サラリーマンは何食わぬ顔で女の腕を振り払い、ツカツカと階段を上っていってしまった。
一人取り残された女は、ヒールの踵をおもいっきり地面にたたき付け、自分の中の怒りを表していた。
そんな女を見ていたアタシは一瞬彼女と視線が合い、すぐに目を反らした。
どうにも気まずい感じがしたんだ。
アタシが歩きだそうとした時、案の定女が声を掛けてきた。
「あの、すみません。あなたも今の電車に乗ってましたよね。アタシ今の電車の中で痴漢にあっちゃったんだけど、あなたは大丈夫だった?」
女は少し恥ずかしそうに小声でアタシに言った。
これが寺島陽子との最初の出会いだった。
後にこの女がアタシの人生に大きく関わってくるなんて、この時のアタシは思いもしなかった……。
【続く】
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