-日常・少しの違和感・意味深な視線-

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「行ってきます」 行ってらっしゃいの言葉はないが、何となく言ってしまう。 蒼夜が寮室から出たのは、7時50分を回ってからだった。 いつもより少し遅いな。そう思いながら、すぐ近くにある室内階段に向かう。 ホテルのように豪華な内装をした廊下。 そこにはもう誰もいなかった。 蒼夜の部屋は五階にあるので、五階分の階段を少し急ぎながら駆け降りる。 階段を降り、寮の玄関を出るとふと、見知った顔を見つけ足を止めた。 「あっおはようございます。保乃花さん」 その言葉の先には、一人の女性が竹ぼうきでゴミを掃いていた。 「あら、おはよう蒼夜君」 そう言って蒼夜に微笑み懸けてくれる。 彼女、桜木保乃花(さくらぎ ほのか)は、セミロングの黒い髪を後ろで束ねており、年齢は24才と蒼夜よりも大人なのだが、どこかかわいらしい印象を受けるこの寮の管理人である。 ちなみに蒼夜は彼女と仲が良く、たまに自分の相談を聞いてもらったりしている。 そんな彼女に微笑み懸けられると、少し照れてしまい立ち止まる。 そんな彼を見た保乃花は、左手の腕時計を見て、 「あら大変、早く行かないと遅刻よ」 と、笑い懸ける。 一瞬その笑った表情に見とれてしまうが、その意味を理解した途端 「あっ忘れてた!保乃花さんありがと。──行ってきます」 そう言って蒼夜は走り去って行く。 「行ってらっしゃい」 保乃花は微笑みながら、走り去っていく蒼夜の背中をまるで自分の子供を見るような優しい瞳で眺めていた。
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