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それは4歳の秋だった。オレは実家付近の山奥で遭難――大袈裟過ぎるな。迷子と訂正しておこう。迷子になったオレは独りで途方に暮れて、山道からだいぶ離れた雑木林の中を泣きながら歩いていた。
日が傾いた山の中は薄暗くて、不気味だった事を覚えている。その不気味さは4歳のオレに恐怖を煽っていた。おまけにその日は、真冬に等しく寒かった。防寒具となる物はチョッキのみ。もし、そのままさ迷っていたなら、いずれ凍死していただろう。だが、そこで死んでいたら今のオレはいない事になる。そこでそいつと会わなければの話だが。
4歳のオレは、その身体を覆うほどの草むらを抜け、そいつと、九尾の仔と鉢合わせた。
フーーーッ!
九尾の仔は、全身の毛を逆立てて、九本の大きな尾を扇状に広げて、4歳のオレに威嚇してきた。
もちろんオレは怖くなって逃げようとした。が、一歩退いたところでそいつが罠に嵌っていることにすぐ気付く。傍目、ただそこに九尾の仔がいるだけにしか見えないが、そいつを囲むよう四ヶ所に札が貼られている。それは『結界』を構成しており、九尾の仔はその中にいるのだ。それになんだか酷く衰弱している。
助けてあげよう。
純粋にそう思い、九尾の寄った。それでもそいつは威嚇をやめず、却って激しくなる。オレは自分なりに優しい笑顔を作り、
「大丈夫。助けてあげるよ」
と、震える声で言った。
凄く怖い。恐らく、笑顔も引きつっていただろう。でも、こいつの方がもっと怖がっていると考え、我慢した。九尾の仔は、そんなオレの言葉を信用してくれたのか、威嚇をやめ、潤んでいる眼でこちらを見上げてくる。
全身の毛を寝かせて、九本の尾が垂れた状態の九尾は、今の自分の掌に載せる事が出来るんじゃないかと思わせるほど、小さい。だから、4歳のオレの心に巣食っていた恐怖心は一気に吹っ飛んだ。そもそも自分はなんでこいつに恐怖を抱いていたのだろう?やはり、先入観のせいだったのだろうか。
恐怖心の代わりに、抱き締めたいという気持ちが胸の内に広がった。
なんでだろうな。その感覚を思い出すだけで、自然と優しくなれるんだ。不思議とな。
まあ、抱き締めようにも結界の中に入れば最後、誰かが来るまでそこにいなければならなくなる。当時のオレは、世話になっている爺さんから結界について教えてもらっていたから、そんなヘマはしなかった。
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