プロローグ

3/4
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
オレはまず、木に貼られている一枚の札を剥ぎ取った。それだけで結界は解ける。 キィィィィン 耳鳴りに似た音が鳴り、 パキンッ! 九尾の仔を閉じ込めていたであろう透明な薄い壁が砕け散った。 九尾の仔は確かめるように周囲を見回し、恐る恐る結界壁があった一線を跨ぐ。完全に結界領域から出て、オレの顔を心配そうに見上げてきた。警戒しているのか、はたまたお礼を言いたいのか、どちらにしろ4歳のオレは勝手に前者だと決め付けた。 「警戒しなくていいよ。何もしないから。それよりも早く自分の住処に帰りな」 満面の笑顔で言う。 本当は、さっきも言ったように抱き締めたかったのだが、相手は野生。抱き締めるどころか触れることすら許してくれないだろうことは、当時のオレもよく知っていた。 「あっ、ボクも早くじーちゃんのところに戻らないといけないから、もう行かなくちゃ」 じゃあね。と、九尾の仔に手を振って、その場を跡にしようとそいつに背を向ける。 「待って!」 不意に背後から呼び止められ、前に出そうとした右足を止めて振り向く。そこには九尾の仔の姿はなく、代わりに着物姿の少女が立っていた。――いや、その少女が九尾の仔だ。頭に生えている尖った獣の耳と彼女の後ろに垂れている九本の艶やかな金色の大きな尾がその証拠。 4歳のオレは驚いた。九尾の仔が人に化けた点ではなく、その端麗な容姿にだ。見た感じ自分と同年齢で、歳相応のスラッとした体型。肌は絹のように白く、腰まである長い漆黒の髪がそれによく映えている。とても大人しそうな印象を抱く。 「助けてくれてありがとう。あの‥‥」 少女が何かを言おうとして、遠くから人の声がした。少女はそれに過剰に驚いて、ビクンと両肩が跳ねた。 「じーちゃんだ」 迷子になっていることを思い出した4歳のオレは、爺さんの声に安心感で胸が一杯になる。 「よーだぁーい――どこにいるー」 声からしてそう遠くではない。 精一杯、息を吸い込んで、 「じぃーちゃーん!」 腹の底から爺さんを呼んだ。――と、少女が慌てた様子で山の更に奥へと走る。 「あっ、待ってよ!」 気付けば、今度は自分から少女を呼び止めていた。少女は足を止める。それからこちらに向いた。 「よーだい、いつか恩返しするからね。待っててよ?」 今頃だが、彼女の声はまるで鈴を鳴らしたような、綺麗な声だった。 「うん、約束するよ!」 オレは無邪気にそう言った。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!