みんなしあわせ

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潰れた飲食店の割引券、期限切れのタクシー会社のスタンプカード。その中に探し物は紛れていた。 『図書貸し出しカード』 随分古い物なので、厚紙製のカードは所々茶色く変色していた。 ミミズが悶絶したような汚い文字で自分の名前が書いてある。ずっとずっと昔、まだ小学校一年生の私が書いた文字。 本棚の奥から、擦り切れるまで読まれてボロボロになった一冊の絵本も取り出す。 二匹の野ネズミ、ぐりとぐら。彼等が大きな黄色い玉子焼きを作る話。 この二つを鞄に押し込む。 台所の食卓に「出かけてきます」とだけ書置きを残し、原付に跨って人影の無いまだほの暗い朝方の車道へと飛び出した。 最高速度六十キロという愛すべき鈍足の移動手段、その右ハンドルを思いっきり捻りながらも私は己の行動に頭を傾げていた。 おいおい、今更何をしに行く? ぐりとぐらは、あの絵本はきっと言い訳だ。 私は……彼に会いたいだけなのだ。 図書館のおじちゃん 私の事を覚えているかどうかも謎なのに……。 でも彼は覚えている。私の母の事は、きっと。 図書館。 その言葉を聞いて私が連想するのは、本棚の並ぶあの静謐な空間ではない。 体育館である。 だだっ広い、体育館。 そこに置かれた折りたたみ式の机、そしてパイプ椅子。 机の上には薄汚れた絵本や、染みの付いた古めかしいハードカバーの小説が並べられている。 床にはドッジボールやバトミントン競技用のラインが重なり合って引かれていて、たまにバスケットボールが隅に転がっていたりもする。 いつも誰かが汗を流し動き回っているその空間が、移動図書館の来る日だけはがらりと静の空間になる。 その不思議な変身が何故だかとても好きだった。 そして、中型トラックの荷台に沢山の本を乗せてやってくるおじちゃん。 私は彼の事も、とても好きだった。
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