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遂にこの日が来た。アシュリーの足の手術の日。
私はアシュリーの車椅子を押して歩いている。二人でよく来た平原に、今日も優しい風が吹いていた。
彼女の目の前に腰を屈めて立ち、手を伸ばして真紅の髪を掻き上げて耳に掛けてやる。彼女は若干顔色が悪い。きっと今日の手術の事を考えてるに違いない。不安なのね…。
「大丈夫よ、アシュリー。私がずっと傍に居るからね。」
「アンリエッタ…私、本当に歩けるようになるかしら…。」
不安気な彼女もまた可愛い。彼女の細く白い指先が私の手を握る。あぁ、私の愛しいアシュリー…!
「アシュリー、私と薔薇庭園を駆け回りたくない?」
「駆け回りたいわ。私の足で、貴女と並んで歩くのも夢なの。」
「追い駆けっこも出来るわよ?私が鬼でアシュリーが可愛い子猫ちゃん。」
「あら、逆じゃないの?」
「ち、違うもん。」
良かった。いつものアシュリーに戻って来た。元気がないアシュリーも可愛いけど…やっぱり笑顔が一番ね。
そして私は彼女の頬に手を当てた。顔をゆっくり近付けて鼻先が触れ合うと動きを止めて彼女の珠玉の瞳を見つめる。彼女は真っ直ぐ私を見ていた。美しい。息を飲み込んでは目を細めて、唇を彼女の其れに重ねる。この胸の音…彼女に伝わりそうで少し怖い。目を閉じたら其所はまさに甘美な夢。春先の夢の中かもしれない。暫く口内で蠢く甘露を堪能していた。ゆっくり顔を離すと彼女はまだ目を閉じていた。あぁ、其のまま目を閉じていて欲しい。違う、目を開けて欲しい。少しだけ混乱気味だった。
「…アシュリーの、貰っちゃった。」
「アンリエッタ…。」
彼女は珍しく頬を赤らめていた。
彼女のその様子が可愛くて愛らしくて…周りが見えなくなる程狂おしくて。
彼女の車椅子を押して歩いた。このまま二人で何処かに行きたい気持ちになったけど…大切な手術がある。
「行ってくるね、アンリ。」
「待ってるよ、アシュリー。」
彼女と抱擁を交わした後に別れた。
アシュリーの後ろ姿は儚くて、美しくて…遠くなる程に切なくなった。
私は祈り続けた。
そして、手術が終わった頃に出て来た彼女はベッドの上で寝ていて…手術結果を聞かされて安心した私も安堵と疲労の為か、知らず知らずに彼女のベッドで寝てしまった。手を繋いだまま…まるで死んだ様に二人で眠った。
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