51人が本棚に入れています
本棚に追加
携帯電話を通した真結の声で、はっと回想から引き戻される。
気付かない内に、物思いに耽っていたようだ。
女々しいな、と心の中で呟き、真っ黒のロングコートを羽織る。
『……ダイスケ? 私の話、ちゃんと聞いてたの?』
あぁごめん、と短く謝罪しながら紫色のマフラーを首に巻き、毛糸の手袋をつける。
もう、準備は整った。
『私ね……』
俺は家を飛び出し、真っ白に染まる世界に駆け出す。
『これから、』
雪が混じった風が顔に当たる。
皮膚が切り裂かれる感覚。
それでも決して速度は緩めない。
『……生涯で一番大切な人に逢いに行こうと思うの』
走っているせいか、真結の声に時折ノイズが混じる。
予想していたよりも外は寒い。
夜来の雪は斑となり、未だ街を純白に彩っていた。
積もった銀雪を踏み締める度に、きゅっきゅっと雪が鳴る。
「そうか。なら俺はもう、真結の隣にいることは出来ないんだな」
俺は冷淡な口調で言い放つ。
しかしどうしても、口が綻んでしまい、だが声音が変わらないよう、必死で感情を押し殺した。
『……え?』
困惑した真結の声が、電話の向こうから虚しく響く。
俺は空を見上げた。
直紅の空に四散し、だが、まだ雪を降らせている灰色の雪雲。
この空の下に、真結はいる。
最初のコメントを投稿しよう!