近くて、遠くて

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悠は自分のスパイクに言葉を向ける。 「投げてねぇよ。すっぽ抜けた球がたまたま速かっただけだ」 事実その通りなのだろうが、悠の言い方が凉介のカンに障った。 「――わかった。あれはストレートじゃなくて、コントロール出来なかったただのクソボールだったんだな」 そう冷たく言い終えて、凉介が背中を向けようとした。 「……ちょっと待てよ。その言い方はねぇんじゃねぇか?」 悠が初めて凉介を見た。 凉介は悠に向き直る。悠の顔がくすぶっていた。 「じゃあてめぇはそんなクソボールも捕れないキャッチャーつー事だな?」 「あんなボール捕る気にもなれなかっただけだ」 「はっ!自分の失敗を棚に上げて言い訳かよ。みっともねぇな、おい」 「そういう事は失投したお前に言われる筋合いはない。きちんとサイン通り投げてから言え」 凉介はポーカーフェイスこそ崩していないが、その台詞の端々に怒気を含んでいた。 悠はそれを感じとってますます目が鋭くなっていく。 「だいたい、あの場面でフォークってなんだ?アイツには高めのストレートで空振り三振だ」 「あの打者は直球待ちだった。フォークで空振り三振だ」 「フォーク振らなかったじゃねぇか」 「お前の最後のフォークが決まったら空振り三振だった」 冷徹に言う凉介を悠は鼻で笑った。 「どうだか?ある意味失投でよかったんじゃねぇか?フォークをスタンドに持ってかれてツーランだったかもな」 「……まさか仮にもエースナンバーを背負っている人間が実力の足りなさを平気で言うとはな。情けない」 「サイン出す奴が馬鹿だったらいくら実力があったって足りねぇ、って事だよ……!!」 「自惚れるなよ?いつも抑えてこれたのは俺のサインがあったからだ。ストレートとフォークぐらいしか使えないお前みたいな単細胞投手のおかげで俺が試合前、どんなに悩んでるか……」 「んだと……!?」 それきり二人の間に言葉は消え、先程の睨み合いに至る。
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