近くて、遠くて

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流れを掴むチャンスが来ている。 宮島商業のベンチで監督の原口はトレードマークの不精髭をいじって、笑みを浮かべた。 早瀬悠は原口の想像以上の投手だった。 新聞に書かれている大袈裟な見出しもあながち間違いではないな、と思うくらいに。 宮島商業は清心高校と同じで、世間を驚かす快進撃をしてきた。準々決勝に来るのは12年振りらしい。 清心高校と違うのは宮島商業は奇跡と呼ばれるような強運を背景に実力が格上の相手にも勝ってきた。 だが、それも全ては選手達の努力のおかげだと原口は思っている。 前の試合で、試合を決めるエラーが起きた時もエラーをさせるような打球を打つ努力がなければ起きなかった。 それでも清心のプレー、特に早瀬悠のピッチングを見た時、さすがに運の尽きか、と思ったが……。 化け物高校生も高校生である事に代わりないようだ。 打った本人が一番驚いているような本塁打で心を狂わされた。 本塁打を打った長島は長打を望めるような選手ではない。せいぜい内野の頭を越える打球で出塁する選手だ。 それだけに影響は大きい。 非の打ち所のない投球を、こう言っては可哀相だがまぐれのホームランで崩された。 多感な高校生がそれをどう感じるのかを想像するのは難しくない。 悔しかったか、腹が立ったか、落ち込んだか、恥ずかしかったか。 どれにしても試合を悪い方向へと運ぶだろう。 現に、点差は縮まっている。 長島はよくやってくれた。宮島商業が勝てばMVPだな。 「これがあるから野球はやめられん……」 マウンドに集まる清心の選手達を眺めて、原口はあごの髭をじょり、と触った。
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