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そこからはメイクアップと言うよりはメイクウォーだった。戦いである。假屋崎省吾をチャン・ツィーにするなんて、人間の限界に挑戦するのと一緒だった。
先輩は、大胆かつ慎重にメイクを施していく。
「俺の力で、干ばつをオアシスに変えてみせる。」
そう呟きながら。
私にはただただブス面を突き出すことしか出来ない。だからひたすら祈った。奇跡よ、起これと。
奇跡は、四十分後に、起きた。
「・・出来た。」
「ど、どうですか?」
「いーかもしれない。」
「マジですか。」
「っていうか、ツィーかもしれない。」
先輩は机の下から手鏡を取り出し、それを私の手に握らせる。
意を決して、覗き込んだ。
「これは・・いいですね。」
「チャン?」
「ツィーですね。」
アホみたいな会話に聞こえるかもしれないが、鏡に映ったのは確かにチャン・ツィーだった。それ位に私は化粧映えする顔だったのだ。
きちんと化粧をしてこれだけ顔が変わるなんて思いもよらなかった。今までの人生、すっぴんでいたせいで、どれだけ損をしてきたのだろう。少なくとも三枚目の役回りを一手に引き受ける人生では無かったはずだ。
いや、今からでも遅くない。毎日これだけ綺麗になれるのならば、キャラ変更だってまだ間に合うかもしれない。
「これからはなるべく化粧しなさい。」
先輩は爽やかに笑った。やり遂げたことへの充実感に満ち溢れた顔だ。
「はい、今からデパートの一階へ走ります!」
私も爽やかな笑顔で返した。これからやってくる美人生活を夢見ながら。
そして今日。
しょっちゅうつるんでいる友人と、行き着けの小汚い居酒屋で飲もうと約束していた。
髪すらとかさずに出掛けようとしたが、ふと、先日の先輩の言葉を思い出す。
「これからはなるべく化粧しなさい。」
そうだった。化粧をする習慣をつけなければ。
よし。今日は化粧をしてみよう。
鏡という現実に向かい合った。この間のツィー顔は、ケータイでばっちり撮ってある。データフォルダから探し出して、鏡の横に置いた。この見本通りに化粧すれば、私はまた、チャン・ツィーになれるはず。
模写するようにメイクしていく。ところが、思うようにいかない。でもここに先輩はいないから、自分なりに精一杯メイクした。
お陰で、待ち合わせに危うく遅れるところだった。
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