序章 ーことの発端ー

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寒さに耐えられず、みの虫の様に布団にうずくまりながら、私はケータイをいじっていた。 世界的に株価が下落しているらしい。日本は金利を下げるべきなのではないか?そんな様な事がつらつらとニュースサイトに書かれているのを流し読みする。 何だか良く分かんないけど、大変なことにならなきゃいいなぁ。 そう思いながら寝返りをうった私は少し驚いた。 目の前に足がある。深爪で、足の甲だけ見てもふくよかな人だと分かる。母親だった。 「ちょっとあんた。」 綾戸智絵並みのハスキーボイスだ。酒やけしているのだろう。声のトーンから、嫌な予感がした。 「いつもそうやってダラダラしてさ、ちょっとは家のことしてくれない?」 「したよ。」 また説教をくらうのが嫌で、あからさまな嘘をついてしまった。 「何したっていうのよ。」 「ほら、あれ・・靴下履いて、滑るように廊下を、歩いた。」 「は?」 「廊下の埃、ちょっと取れたでしょ。」 お尻に鈍痛が走った。蹴られたらしい。流石に今のは質の悪い言い訳だった。結果、より説教をくらうことになる。 まぁしかし良く喋る女である。次から次へと出てくる叱咤の言葉。歩く罵詈雑言辞典だ。 「だいたいあんたはね、何事に対してもやる気がないのよ、意欲が無いというか。」 「そんなこと無いよ。やる気あるよ。」 「ここまで怒鳴っても布団から出て来ないあんたの、どこにやる気があるのよ?え?言ってごらん?」 「今は、よーし、寝るぞ!っていう、睡眠に対してのやる気がある。」 「減らず口叩くんじゃないよ!」 無茶苦茶な親だ。何か言えって言われたから言ったのに。 「昔からダラダラと、私の教育が悪かったのかねぇ?」 「そんなことないよ。」 「当たり前よ!」 フォローのつもりだったのだが。 「何でも途中で投げ出すし。」 母の視線の先には、キーボードがあった。うっすらと埃をかぶったそれは、確か数ヶ月前に私が始めようとしたものだった。 仕方ないじゃないか。ピアノは幼少期からやらなくちゃ出来ないものなのだ。そう身を持って感じたから、諦めただけなのに。 「日記とかも三日坊主で終わるタイプでしょ。」 彼女はお見通しと言わんばかりの目で私を睨んだ。今日記の話なんて関係無いじゃないか。 脱線する話に苛立ちを覚え、布団を頭までかぶると、母親はこう言い放った。
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