一章 ー三日坊主の壁ー

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一月二十五日(金) 私は一年間のうちの約三百日をすっぴんで過ごす。 何故か。 ナチュラルに生きていたいというのは口実であり、実際は化粧なぞ七面倒臭いと思っているからだ。 先日、そんな私に痺れを切らしたのか、とある人物が立ち上がった。 その方とは、私の仕事場の先輩であり、NYで四年間メイクの勉強をしてきた、いわばメイクの達人。 どんなブスも美しく変える事が出来ると豪語する、そんな・・ 男性である。 なんと言おうか。 IKKOをイメージしていただければ話は早いかと。 この世には色んな人間が存在するのだ。 ある日、先輩の家にいつも通りすっぴんで遊びに行くと、先輩は私の顔を見て徐に溜め息をつき、こう言った。 「もう限界。ちょっと面貸しな。」 心は女といえ、がたいの良い先輩に面貸しななんて言われたら、恐怖を抱くのは当たり前だ。 ビクビクしていると、先輩は黒い箱を取り出した。豪華なおせちかと思いきや、それはメイクボックスであった。凄い。私の化粧ポーチなんて、巾着くらいの大きさなのに。 ガシャガシャとボックスを漁りながら、先輩は私に質問した。 「誰になりたいの?」 突然聞かれたもので戸惑った。誰になりたいか。すっぴんの状態だと私は、みうらじゅんとか、假屋崎省吾とか、湯浅国際弁護士に似てると言われる。この時点で絶望感しか抱けないのだが。 そんな奴がいきなり「長澤まさみにして下さい」だとか「しょこたん風にお願いします」だとか大それた事は言えるはずない。予想できる範囲での理想を言わなければ。 もし私の顔を頑張って良く言おうとするならば、色白でさっぱりした顔、だろう。 アジアンビューティー。 ふとそんな言葉がよぎる。 「誰になりたいのかって聞いてるの!」 先輩は即答できない人が嫌いだ。焦った私ははっきりとした声でこう答えていた。 「チャン・ツィーでお願いします!」 まさかの国境越えに面食らう先輩。どっちみちおこがましい注文になってしまったが、もう後には引けない。 「・・分かった。あんたをチャン・ツィーにしてあげるわ!」 「はい、アジエンスのCM風に頼みます!」
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