右京という男の日記

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 十二月の後半だった。東京の都心から少し離れたとある田舎町。そこに祖母の家がある。質素で古く、それでいて職人技と言って過言では無い程に庭の手入れがなされた木造の一軒家だ。   「○○君、毎年すまないねえ」  祖母はにこりと可愛らしい笑顔を零しながら、孫の私との再会を喜び、五分と待たずにお茶と羊羹をご馳走してくれた。きっと私が来る前から準備してくれていたのだろう。よほど楽しみにしていたに違いない。 「いえ、いつものことですし…こんな時くらいにしか顔を出せなくてすいません」  年に一度の大掃除。私は祖母の家の掃除屋役として、数年前から決まってこの時期にこの場所を訪れることにしている。最近の若者にしては殊勝な習慣だと、こんな時だけ自分を褒めたくなる。 「最近はどうなんだい?」 「だいぶ仕事にも慣れてきました。そろそろ新人も卒業かな、なんて」 「そうかいそうかい」  他愛もない話だが、それが祖母にとっては一番のお土産だ。母からよく聞かされた言葉だが、最近になってようやく理解出来てきた気がする。   「さて、と」  気がついた時には一時間近く話をしていた。早めに家に着いたはいいものの、このままでは今日中に掃除が終わりそうにない。  三杯目のお茶を飲み干し、私はワイシャツを腕まくりをして立ち上がる。 「それじゃ、ちゃちゃっと済ますから、お祖母ちゃんは楽にしててね」 「いつもすまないね」  そう言って、祖母は箪笥から財布を取り出すと、薄手の灰色のコートを羽織り、玄関へと向かう。 「散歩がてら夕飯の材料を買ってくるから、あんまり無理せんでな」 「いいよ、後でいくから休んでて」 「いいからいいから」  祖母なりの気遣いなのだろう。私は祖母に無理はさせまいと止めたのだが、やんわりと断り、祖母は晴れているものの肌寒い商店街へと行ってしまった。  そうと決まればこちらものんびりはしていられない。優しい祖母のことだ。掃除が長引けば長引くだけ、きっと余計な気遣いを増やしてしまうだろう。 「…やるか」  雑巾を取り出し、私は書斎へと向かった。
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