たえて言葉のなかりせば

6/9

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 それを聞いて、私は理解した。  おにいちゃんは、私が好きなのだ。肉親としてでなく。  どうしよう。  困ってしまう。今まで一度も、そんなことを考えたことはなかった。  おにいちゃんはおにいちゃんだ。  それ以上でも、それ以下でもない。  きっと、私とおにいちゃんの間にある気持ちのずれは、このベランダとあのベランダの間のすきまのようなものだと思う。  別に、たいした差ではない。でも、まちがいなく、ふたつの間にはうめられないみぞがあるのだ。  私はなにも言わないで、部屋にとってかえした。  窓をしめてクレセント錠をかけて、カーテンをひいた。ついでに、とびつくようにして、部屋のドアのかぎもかけた。  どうしよう。  こわい。  ふとんをかぶって、いろいろなことを考えた。  おにいちゃんのことや、好きだった彼のことだ。  どうして恋は、思うとおりにならないんだろう。  おにいちゃんは、私が好きで。  私は、彼が好きで。  彼は、別の女のひとが好きで。  とても不毛だ。むくわれるのは彼だけだから。私もおにいちゃんも、別のひとを想う相手を想っている。  私とおにいちゃんが他人で、おにいちゃんのことを私が好きになれたら、どんなにかしあわせなことだろう。  でもそれは、むりなのだ。  私とおにいちゃんは、もう兄妹にうまれついてしまっている。  私はもう、彼を好きになってしまっている。  次の日、私は学校をさぼった。  セーラー服を着て、おにいちゃんと顔をあわせないですむように、朝はやく家をでた。そして、学校ではないところへ行った。  行った先は、町中のアーケード街。  まだどの店もあいていなくて、そこはひっそりとしていた。シャッターのおりた店はあさびしげだった。  こんなにはやい時間には、さすがにストリートミュージシャンも演奏していない。今から演奏をはじめようとしているらしい、ギターやハモニカを用意しようとしているひとたちはたくさんいた。  目的もなくあるいていると、もう演奏をはじめているひとを見つけた。  そのひとは、こざっぱりとした格好をしていた。ストリートミュージシャンより、どこかの高校の生徒会長をしているほうがにあいそうだ。  そのひとが歌っているのは、哀しいうただった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加