1部

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   ゆるゆると時が経ち。  放課後になりました。  またもや部室に一番乗りであったわたしは、入室すぐ、窓の奥で凄然と佇む遅咲きの桜を寸時堪能し、自分の定位置となっている窓際パイプ椅子に向かっていきます。  そして、座る前に、二番手のかたが訪れました。  去年まで同じクラスだったタカッチです。 「あ、コーちゃん」  彼女はわたしをそう呼びます。思えば、タカッチがわたしを本名で呼んでくれたのは、入部後一週間までの時期だったと思います。今ではコーギーちゃんの略称になってます。 「コーちゃん、いつも早いねぇ。アタシが先に着いたことあったかなぁ」  さあ、どうでしょうか。おぼえてません。 「あ、そうだ、返さなきゃ」  と、タカッチは長机に置いた鞄の中を漁りだします。中から取り出したのは、黄色いタワーレコードの買い物袋で、その中身は見えません。しかし、わたしがタカッチに貸した代物は記憶のうちに一つだけなので予測はできました。 「春休み中に返すつもりだったんだけどね。ごめんね、忘れちゃってて」  いえいえ、大丈夫です。  わたしは受け取って、中を確認します。  思ったとおり、蜷川幸男『マクベス』のDVDでした。  ねえタカッチ、どうしでした? 異様に魔女姉妹がパワフルだったでしょう。 「あはは、うん。原作知らないけど、不思議な感じだったね」  あの演出家に限って言えば、至極的確な感想だと思います。わたしの父ちゃんが彼の大ファンなので、なんだかんだ家に映像作品が多いのですが、実を言うとわたしは野田先生の方が好みなので『パンドラの鐘』をネタに父ちゃんと口論になることが多いのです。 「コーちゃんのお父さん面白いよねぇ。若くて格好良いし。アタシのお父さんもああだったら良かったなぁ」  アイツは単なる劇オタクの娯楽人です。尊敬には値いしません。 「身内に厳しいんだ」  笑いながら椅子へと座ります。  そこでドアの開く音 (ガチャリ)  三人目が幕入りしました。
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