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時間はあっという間だった。
この間、幼稚園に入園したかと思うと、いつの間にか小学生。
赤いランドセルを何度見送ったかと数えてみれば、分からないまま中学生。
自分などと違って受験は大変になりそうだ、と考えていれば季節は巡り巡って、春。
心配をよそに、受験シーズンはとっくに過ぎて、愛娘の汐は、もう高校生を迎えようとしている。
そんな娘の春休みの最後の一日、夕飯で食卓を囲んでいる時のことであった。
「お父さん。私、演劇部に入りたいのっ」
突然、汐が切り出した。
「演劇部?」
思わず言葉に疑問符がつく。
随分とまた懐かしい響きだ。
演劇部と言えば、俺と渚、ついでに春原が高校生の時に在籍していた部活である。
「うん、演劇部。舞台でお芝居したり、歌を歌ったりするんだよ」
それは分かっている。
だが、問題なのはそこではなく――
「いや、それは知ってるけど。……光坂高校に演劇部なんてあるのか?」
そう。
そもそも演劇部なんて、十数年も前に無くなってしまっているのだ。
だから、渚は自分で部をつくり上げた。
演劇部が廃部になっていた当時は、こうするしかなかったのだ。
結果、演劇部は立ち上がったものの、部に名前を貸していた春原と俺が卒業するとともにまた廃部になってしまった。
今、光坂高校がどうなっているかは知らないが、演劇部を作ろうという人がいるとも思えなかった。
「うん、だから創ろうと思うんだ。演劇部を」
あ。
一人いた。
「良いですねっ。しおちゃんが演劇部ですか」
渚が手を合わせて微笑む。
学生時代の自分のことを思い出したのだろうか。
「きっかけはアッキーが見せてくれた演劇のビデオなんだ。私、凄く感動して演劇部を創ろう、って思ったの」
これはまた随分と衝動的な理由だ。
だが、これも汐にとって良い機会なのかもしれない。
渚があれだけ苦労したことだ。
創部か廃部か、どちらに転んでも良い経験になるだろう。
「よし、やってみろ汐。父さん、演劇部の出る創立者祭は舞台も見に行くからな」
俺は挑戦させてみることにした。
「ありがとうっ、お父さんっ、お母さんっ。私、頑張るねっ!」
小さなアパートの小さな部屋に、汐の快活な声が響いた。
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