岡崎汐AFTER‐Ⅰ‐

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 それから絶え間なく雑談が続き、小さな部屋は笑顔に包まれた。  話題を持ち出すのは殆ど汐で、そのどれもが大したことのない世間話だ。  だが、そんな些細な話題でも、面白いと感じてしまうのは汐の力だろう。  夕飯を終えても一家団欒は続き、気が付くといい時間になっていた。  「あ。そろそろ私、お風呂に入って来るね」  だんご大家族をあしらった壁掛け時計を見て、汐が立ち上がる。  着替えは既に運んであるのか、足はそのまま浴室に向かった。  汐がいなくなると、急に部屋が静かになった。  聞こえてくるのは汐の鼻歌と洗濯機の音くらいで、あとは風の音だけだ。  食器も洗い終わっていたので、あっという間に手持ち無沙汰になった。  「やっぱり、娘なんですね」  渚がポツリと言った。  「演劇部、か…」  俺や渚が光坂高校の生徒だった時は、創部に苦労したものだ。  理解のない生徒会、合唱部との顧問問題、バスケ部との対決、部員の不足……。  今となっては良い思い出だが、当時は大変だったことを覚えている。  「仁科さん、幸村先生、春原さん…色んなの方の助けがあって演劇部を創部できたんですよね。しおちゃんも、きっと苦労しますっ」  「…そうだな。だけど、学んでくれるものがあれば良いと思う。どう転んでも、起き上がって笑顔見せてさ。まだまだやれるぞ、って感じで。……前向きに生きてほしいんだ」  俺がそう言うと渚は微笑んで――  「そうですね。それが一番、しおちゃんらしいです」  俺の言葉を肯定してくれた。  明日は光坂高校の入学式。  どんな学校生活が待っているのか想像もつかないが、せめて汐がのびのびと暮らせる環境であることを祈ろう。  そう思った。
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