memory1

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 老婆が数年前から半分呆けていることを島の住民から聞いている。マナは、ぎこちない挨拶を返し、渡された半券を手に、逃げるように船へと架かる橋に足を乗せた。  ほんの一瞬、船と島を繋ぐ足下の板がマナの重みで軋み揺れる。不意に、鞄を抱く手を強めた。  歪みがかる湖面には、沢山の船が浮かぶ。マナにはそのひとつひとつが船出を見詰めているような気がした。  それらは決してマナを引き止める分けではない。ただ、岸に繋ぎ止められ、新たな出航の合図を待つに過ぎないのだ。中には、錆び付いた船もある。旅立つマナには少し羨ましい存在ともいえた。  マナは、船の入口へ視線を向けた。昨日の内に気持ちは固めたのだ。このまま、実家に戻り決着を付けると。鞄を抱き締めたマナは、不安に押し潰されそうになりながらも船へと足を運ぶ。  実家では余りお目に掛かれない乗り物に乗るのは、抵抗があるのか、足取りは重い。監獄島に来る時は、無我夢中で、船の揺れも水に浮かぶ理由もさほど気にはならなかった。然し今は、そんな船の揺れを考えることで大陸へと戻らなければならないという不安を消そうとしている。現実逃避というものをマナは無意識の内にやっていた。潮風が、朝方の空に薫る日、太陽光が柔らかく島と船を抱く。  乗客五十人乗り。内装が薄茶色で統一された小さな船には、既に席を確保する人間の姿がある。大陸まで三十分程度の船旅は、今日も客足は上々のようだ。  茶色の手提げ鞄を抱え、人目を忍んで甲板へ出ると、真っ青な空から降る光の雨が出迎えた。
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