memory1

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 下弦の月が昇る頃。薄い光が大地を照らし、渇いた風が吹く夜だった。  ラッドサンド大陸の西国にリバーム駅はある。リバーム駅には、間もなく発車する貨物列車が停まる。駅は終電を迎え、人気が無い。列車乗り場には、春先の肌寒い風が通り過ぎるだけだった。  それだけに、列車乗り場への音の介入は世界に慌ただしさを齎す。  息を荒くしたふたつの影が、後から追いかけて来る足音から逃げ場を探して列車乗り場に現れる。然し、二人を受け入れてくれる場所はないらしい。雁字搦めの世界から逃れて来た二人の手は、強く――固く結ばれていた。  女は、男の手を握り締め、押し迫る恐怖を打ち消そうと口を開いた。 「イブも一緒に逃げよう? 私だけ逃げるなんてできない」 「大丈夫。心配ない。監獄島の神様なら助けてくれる」  振り向いた男が女の手を握り返す。 「ちゃんとマナの母さんと話し合って迎えに行く。だから、マナは子供を大事にしてほしい」  それは優しい戯れ言だった。
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