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その言い様に、少しだけ答えに詰まる。
キクはまた一つ、肩を竦めて答えた。
「…そんなこと言っていいのかね? 俺、ちくっちまうかもだぜ」
お上様に
にわかに冷ややかな響きを含ませたその言葉に、ややななめ後ろを歩いていたキクを振り返って睨む。
キクはただ、にんまり笑っているだけだった。
「…黙れよ」
頬に穴でもあけようとしているかのように、一点に絞った視線で、にまにま笑うキクを睨み付ける。
その様子すら面白いとでも言うように、ますます笑みを深めたキクからは、何も思惑が読み取れなくていらいらする。
研究員と特派員
互いに異質なものとして、避けあうのが当然といったこの研究所の中で
いつもこいつらだけ、特派員にマイナス感情を抱かずに接してくる。
それは、ありがたいというよりも寧ろ迷惑に近い戸惑いで。
困惑する
俺は苛立ちが最高潮に達し、ふん、とキクから目をそらして、早足で進み始めた。
キクを置いていくつもりで。
しかし、歩き出してすぐに、背中にどん、と重たい衝撃が走る。
それは悪戯ではすまないような威力と痛みを持っていて、肺に一瞬酸素が入って行かず、ぐらりと上体が揺れた。
「…お前、ほんとにどうしたんだよ」
傾いだ体は背後のキクの腕に支えられる。
ついでにといった風に、肩口で訝しげに囁かれたそれに、なんとか背中の痛みをこらえつつ聞く。
「ここは研究所だぜ? ただ書類届けに行くだけでも、お前は目えつけられてんだ、なんやかんや言われるってわかってんだろが」
その言葉に、どうしても苦いものが口に広がる。
その味を消すように俺は唇を噛み締めた。
「それが、何お前。廊下で研究員と睨みあうなんざ、言語道断」
「…悪い」
すると、今度こそキクは呆れたようにため息をつく。
乱暴な仕草でキクは俺から離れると、有無を言わさず俺の手の中の書類を奪い取った。
「ほんとに柏木ちゃん、何があったんだよ。謝るとかきっもちわりいな」
「うるさい」
キクにまで心配されるなんて、ほんとに俺はどうしてしまったのだろう。
原因は、分かりきっているが。
キクは俺の頭をこづくと、俺の持っている手帳にちらりと視線をよこす。
「…お前にしちゃ、今回のは手こずってるからな、お前がこれ出しに行ったら、間違いなく、あのハゲは喜んでお前に残業出すぜ」
それは遠回しに、キクからの警告だった。
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