田中由美子~file1~

9/17
前へ
/49ページ
次へ
手をつないだまま、バスの外の景色は流れていった。 そのまま、オレは特に何を話す訳でもなかった。 っというよりも…、何も言えなかった。セリフが思いつかない、いや、何も話さない方が良いような気がした。 「ウチ…、次なんだ。降りよう。」 オレは由美子に出来る限り近づいて、耳元で囁いた。 「………うん。」 オレは2人分の料金を払ってバスを降りた。左手は由美子の手を握りしめたままだ。 「…えっと、あそこの302号室がウチ…。」 オレはちょっと離れたマンションを指差した。 「…そうなんだ。………。」 「じゃあ、駅まで送るよ。」 オレはそう言って、つないだ手を引き寄せて肩を抱いて歩き始めた。 由美子も何も言わずに歩き始めた。 オレ達は道幅が狭い為に、駅への道を真っ直ぐではなく、裏道に入った。 (さあて…っと、いきますか…。) もう完全に日が暮れて、春の風は優しく包み込んでいた。 遠くで花の香りを感じたような気がしたのは……由美子の匂いだったのだろうか………。 (素直に来いよ、由美子さん………。)
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加