21人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて、オレはもう行くぞ。」
次の國で待つ幸せに浸るマスターに、私は現実を叩きつけてやった。
「マスター。“ヴァロラ”の燃料、抜かれてますよ。」
“ヴァロラ”とは、マスターの白黒バイクのことである。
それを聞いて一瞬固まるマスター。
“ヴァロラ”のタンクを軽く叩く。
返ってきたのは、「コンコン」と空しく響く現実だった。
数秒の沈黙の後、マスターは未だに呆然としている男を振り返った。
「アンタさ、トラック運転できるだろ?近くの國まで連れて行ってくれないか?」
そのセリフに、男の方も疑問符を浮かべたに違いない。
ついさっき、今までの人生を壊した人に、壊した本人が言うセリフでは無い。
しかし男は、戸惑いながらも頷いたのだった。
今のマスターは“殺傷性ゼロ”なのは、男も知っていただろうに。
人間は時々、私には分からない行動を取る事がある。
全く持って意味不明だ。
今回のマスターだってそうだ。
この男を“殺さない理由”なんて無かったのに。
男を殺したって、盗賊の財産は手に入ったのだ。
どうして人間は、自分の利益にならないようなことをするのだろうか?
“ヴァロラ”は、トラックの荷台に積まれ、マスターと私も荷台に乗った。
男は運転席に座って、エンジンを入れた。
車が動き始めた途端、昼寝を始めたマスターを私はただただ、呆れて見ていたのだった。
=終=
最初のコメントを投稿しよう!